市川よみうり & 浦安よみうり online

連載「人」

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「人」リスト〜2019年

目標はリーグ優勝、JFL昇格

〜ブリオベッカ浦安新監督

 都並 敏史 さん

 2014年から5年間、ブリオベッカ浦安のテクニカルディレクターを務め、今シーズンから監督に就任した。「(このチームで)いつか監督をやりたいと思ってた。これまで育ててきた生え抜きの選手たちが集大成を迎えるこの時期、チームの力になれると考えて、昨年、監督に立候補した」。

 チームは16年に日本フットボールリーグ(JFL)に昇格するも、成績が振るわず関東1部リーグに降格。再昇格を賭けた昨シーズンは6位と低迷した。期待が集まる今シーズンの目標は、リーグで優勝を果たし、JFLに昇格すること。「ライバルは強力なチームばかり。常にチャレンジャー精神を持って〝ジャイアントキリング〟を目指す意識が浸透してきている。4月7日の開幕までにもっと詰めていきたい」と意気込む。

 自身は小学6年生のときから読売クラブ(現東京ヴェルディ)の下部組織で育てられ、日本代表の座をつかんだ。「ブリオベッカから個性あふれる日本代表選手を出したい。生え抜き選手を育てるためにも、トップチームを強くして、憧れられる存在にする」。57歳にして新たな挑戦が始まる。  

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将棋はコミュニケーションツール

〜市川市こども将棋連盟会長

 原 伸一 さん

 「こんなに多くの市川市の子供たちが参加してくれてうれしい」――。子供の将棋大会は、県大会など広い地域を対象にしたものが主流の中、市川市を対象にした大会を初めて開催。「住んでいる地域の大会なので子供たちも参加しやすく、地域の小学生同士で将棋を指せる。参加者が100人を超えたことも合わせて、地域で将棋大会を開いたことは画期的なこと」と胸を張る。

 日本将棋連盟公認の将棋指導員。息子に将棋を教え、その友達へと広がる中で10年前、行徳公民館に無料の行徳将棋クラブを開設。いまも毎週土曜日の午前、多くの子供たちに将棋を教え続けている52歳。大会を機に、市内に3つある子供向け将棋サークルと、市立中学校ブロックのコミュニティクラブの一部にある将棋教室の連携を進めていくことも念頭にある。

 「将棋はお年寄りから子供まで、世代を超えて楽しめるコミュニケーションツール。市川には身近で将棋を指せる場所がある。将棋を通じて、親子、身近な人とのコミュニティーが広がってほしい」と願う。  

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皆の健康、生きがいづくりへ

〜55周年を迎えたベイシニア浦安(浦安市老人クラブ連合会)会長

 相原 勇二 さん

 高齢者の「健康づくり」「生きがいづくり」を目指すとともに、新たに「地域貢献」「3世代交流」を掲げて活動。「高齢者が持つ経験と時間を、自分のため、そして地域や浦安のために使ってほしい。その活動が自身の健康や生きがいにつながっていくんです」。

 「自分の立ち位置を職場から住まいがある浦安に移そう。定年を迎えてからでは遅い」と自治会役員を務め、ベイシニア浦安には60歳を前に入会。浦安鹿児島県人会で会長を担っている。

 ベイシニア浦安の会長になって驚いたことは、会員数が60歳以上の市民の10%未満であること。「文化活動やスポーツ、カラオケ、医療講座など魅力は十分。まずは年代を問わず知ってほしい」とPR活動を開始。さらに、昔遊びなど園児との交流、高齢者施設への慰問、会員以外も対象にした講座の開催など活動の幅も広げている。

 浦安在住40年の68歳。入会して一番良かったことは「人として素晴らしい人が多く、会社生活では学べなかったことを教わっていること」。多くのアドバイスを受けながら、会長として皆の健康、生きがいづくりを支え続けていく。  

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同じ境遇の人との活動は楽しい

〜第42回全国盲人将棋大会B級優勝

 関口 透 さん

 子供の頃から将棋に親しみ、市川市民将棋大会に出場して3位になったこともある。しかし2011年、もともと患っていた眼病が悪化。視力のほとんどを失った。「もう将棋はできないと思った。あの頃は落ち込んだ」と振り返る。

 昨年7月、県の広報誌の音声CDで盲人将棋のメンバー募集を知った。「こんな将棋もあったのか」。すぐさまメンバーになった。当初は、駒の動きや位置を全て暗記しなければいけない盲人将棋に戸惑ったが、慣れるとみるみる実力をつけた。始めてからわずか4カ月後、千葉県のB級(段位以下の部)代表として全国大会に出場。見事、初出場で初優勝を飾った。

 現在81歳。水泳や社交ダンス、卓球などにも意欲的に取り組む。「目が見えないと、何でもないことができず、クヨクヨしてしまう。でも、同じ境遇の仲間といろいろな話をしながら活動するのは楽しい」と満面の笑みで語る。春先には水泳大会に出場予定で、いまはそれに向けて練習中だ。

 今回の優勝で盲人将棋の初段に昇格し、有段者対象のA級戦出場の資格を手に入れた。「11月のA級戦で優勝を狙う」と意気込む。  

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これからも技を磨き続けたい

~第18回熟練者全国空手道選手権大会70歳以上組手の部優勝

 谷川 幸男 さん

 空手を始めたのは社会人1年目の18歳のとき。社内で空手部が発足し、部員を募集していたことがきっかけだった。「もともと武道に興味があり、特に空手をやってみたかった」。それから早56年、いまでも週に一度の練習会に参加し、鍛錬を欠かさず七段の腕前を磨き続ける。熟練者全国空手道選手権の組手の部優勝は6回目。形の部でも2回優勝している。

 35歳のときに同僚に頼まれ、子供への指導を始めた。現在も、市川市と酒々井町で週2回、子供たちに指導。「空手に慣れてもらって、空手の良さを知ってもらい、好きになってほしい」と願う。先生へのあいさつはもちろん、自分の靴をきちんとそろえることなど、武道の基本であり、大人になっても大事な〝礼儀〟は特に徹底。「子供たちが昇級審査に合格して帯の色が変わったり、試合で勝ったり、空手を通して成長する様子を見たりすると、自分のことのようにうれしい」と笑顔で話す。

 これからの目標は生涯現役。「試合の緊張感はこれからも味わっていきたいし、身につけた技はこれからも磨き続けたい」と、空手に対する熱意はまだまだ尽きない。  

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勝つために頭を使うことが大事

~全国小学生ハンドボール大会準優勝の「HC市川」監督

 西谷 義宏 さん

 「中途半端にやるつもりはない。県で優勝、全国でも勝てるチームを目指す」。2011年4月、中学時代の恩師に誘われて立ち上げた小学生のハンドボールチーム・HC市川は、全国ナンバー2の強豪チームへと成長した。
 
 自身も中学から大学までハンドボールをプレーしていた。市立妙典中では全国大会準優勝、市川高ではインターハイ準優勝。勝てば勝つほど、ハンドボールにのめり込んでいった。「ハンドボールを続けたのは、勝つという経験が大きかった。子供たちにも、勝つことを通してハンドボールを好きになってほしい」と指導に熱が入る44歳。
 
 ハンドボールは身体の大きい選手が活躍することが多いが、それだけで勝負は決まらない。「自分も体が大きい方ではなかったが、小さくてもできることはあるし、点数は取れる。大事なのは勝つために頭を使うこと」と選手に伝えている。
 
 今後の目標は「チームをこれからも存続させること。そして、チームを卒業した選手たちが、コーチや監督として戻ってきてくれたらうれしい」。

   

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子育ての不安を軽くしてあげたい

〜お助けねっと・こんぺいとう代表

 西塚 暢子 さん

 子育て支援センターで臨時職員として働き、ボランティア活動に励む55歳。幼稚園教諭・保育士の資格を持ち、2人の子供を育ててきた。「浦安という知らない街で、子育ても必死だった」。自身も夫も地方の出身。核家族で子育てをする不安も悩みも経験した。「どこに助けを求めたらいいのか分からない親も多い。そんなパパやママの支えになれれば」と、「お助けねっと・こんぺいとう」を立ち上げた。

 いろいろな分野で活躍し、それぞれに専門知識、得意分野を持ち、浦安市子育て・支援者養成講座で学んだことを生かしたいという仲間が集まった。「みんなが積極的に活動してくれるので成り立っている」と話す。

 情報過多の時代で、子供の成長に不安を持つ親も少なくない。「みんな平均ではない。一人一人いろいろな育ち方があり、いろいろな色がある」。そんな思いが「こんぺいとう」という名前になった。「親のストレスは大きい。私たちが関わることで、子育ての不安を少しでも軽くしてあげることができれば」と、子育て中のパパママに心を寄せる。  

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宇宙って普通の場所なんだ

〜国際宇宙ステーションに長期滞在した宇宙飛行士

 金井 宣茂 さん

 市川市立稲荷木小の卒業生。外科医師・潜水医官として働いていたころ、「宇宙空間でタンパク質の結晶を作ると、薬を作るのに役立つ。医学的研究をしたい」と思うようになり、2009年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入社した。

 11年には国際宇宙ステーション(ISS)搭乗宇宙飛行士に認定され、17年12月17日から昨年6月3日まで168日間にわたって宇宙空間に滞在。タンパク質の結晶生成や、ケニア初の超小型衛星の放出、ロボットアームの修理、マウスの飼育実験などに取り組んだ。世界初という「宇宙バドミントン」も体験。「あっという間の6カ月だった」と振り返る。

 「宇宙というと、昔は仕事の場だった。いまでは誰でも体験できる可能性がある『人間の活動の場』。宇宙って普通の場所なんだと感じた。いまの科学技術をもってすれば、地上で生活するのと同じように宇宙でも生活できる」と、宇宙に行った者にしか分からないロマンを語る42歳。12月下旬ごろから野口聡一さんがISSに滞在予定。「今後の目標として野口さんをサポートしていきたい」。  

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1年でも長くプレーをしたい

〜ドラフト8位でヤクルトに入団した

 吉田 大成 さん

 浦安リトルシニア時代から体が小さく、打球もよく飛ばなかった。高校3年夏の予選・西東京大会決勝では九回二死から逆転負けを喫した。明大では3年まで試合に出られず、社会人野球でも結果が出ないことに悩んだ。悔しさを忘れず努力してきた結果、23歳にしてようやくプロ野球選手という夢をつかんだ。「思えば下から下からの野球人生だった」と振り返る。

 遊撃手が希望だ。「三遊間からの送球をぜひ見てほしい」と自信たっぷり。宮本慎也ヘッドコーチが目標で、宮本コーチが現役時代に付けていた背番号6と、遊撃手の主力の座を狙う。大学時代もヤクルトの本拠地・神宮球場でプレー。「神宮で育てられた気持ち。プロとして神宮でできるのがうれしいし、楽しみ」と目を輝かせる。

 昨年のドラフト会議、12球団最後に支配下指名を受けた。〝平成最後のドラフト指名を受けた男〟は、身長1㍍74、体重78㌔と体は決して大きくはない。「ドラフトも最後でまた下からだが、体が小さくてもできると証明するためにプロでも頑張って、1年でも長くプレーしたい」。プロでの大成を目指す。  

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高齢でもスポーツを楽しんで

〜文部科学省のスポーツ推進委員功労者として表彰

 山口 美佐子 さん

 学生時代はバレーボール部に所属。卒業後は、家庭婦人バレーボールを続け、一時は、1964年の東京五輪で女子バレーボールの監督を務めた故大松博文さんのアシスタントとして、家庭婦人バレーボール業界の強化に携わった。

 47歳のときに市川市スポーツ推進委員に就任。その後、「千葉県の審判員の資質向上を目指したい」と、市川市内のバレーボールやソフトバレーボールの指導、各種スポーツ大会やスポーツイベントの運営に携わってきた。

 同推進委員が市から委嘱を受け、市立七中で毎週開いている教室「ファミリースポーツ」では「小さい頃から来ていた子供たちが高校生になったいまでも参加してくれている」と目を細める。スポーツイベントには子供から高齢者まで大勢が参加しており、「もともとスポーツが嫌いな人でも、体験してくれて『楽しかった』と言ってくれる」とやりがいを感じている。

 「一人でも多くの人に高齢になってもスポーツを楽しんでもらいたい」と願う75歳。「私ができることは十分やり尽くしたという気持ち。今後はスポーツ推進委員の方々を育てていきたい」。

   

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