市川よみうり & 浦安よみうり online

 

連載「教育の理想と現実」

 元市川市教育長 最首 輝夫


◆第394回◆「連載を終えるに当たり」

2018年

◆第393回◆「市川教育の変質(2)」
◆第392回◆「市川教育の変質(1)」
◆第391回◆「自然との触れ合いが知的発達を促す」
◆第390回◆「知的発達と好奇心・探究心」
◆第389回◆「現代の学力観と教育の在り方」
◆第388回◆「人間形成を阻害するアンバランスな現教育」
◆第387回◆「PTAの原点」
◆第386回◆「ヒトの進化と地域コミュニケーション能力」
◆第385回◆「承認欲求を満たす教育を」
◆第384回◆「アクティブラーニングとは」
◆第383回◆「AI時代と教育」
◆第382回◆「自立と依存」
◆第381回◆「学びと体験・経験」
◆第380回◆「矛盾だらけ日本の教育」
◆第379回◆「日本人の国民性と道徳教育」
◆第378回◆「人生は出会いで決まる」
◆第377回◆「教育は百年の計」
◆第376回◆「教え子の還暦同窓会に出席して」
◆第375回◆「子供に敬愛される教師に」
◆第374回◆「教員の過重労働」
◆第373回◆「子供時代のない子供たち」
◆第372回◆「人間形成と教育環境」

2017年

◆第371回◆「自然との断絶といじめ②」
◆第370回◆「自然との断絶といじめ①」
◆第369回◆「自然と人間④」
◆第368回◆「自然と人間③」
◆第367回◆「自然と人間②」
◆第366回◆「自然と人間①」
◆第365回◆「フィンランドの教育」
◆第364回◆「フェイク情報時代と教育」
◆第363回◆「夏休み短縮」
◆第362回◆「子供の成長をお手伝い」
◆第361回◆「教育と自然栽培」
◆第360回◆「教育と作物づくり」
◆第359回◆「自然から人間を切り離すと…」
◆第358回◆「また一つ本物の学校が誕生」
◆第357回◆「何といっても地域が大事なんだよね」
◆第356回◆NC事業推進者の寄稿…③
◆第355回◆NC事業推進者の寄稿…②
◆第354回◆NC事業推進者の寄稿…①
◆第354回◆寝る子は育つというが…③
◆第353回◆寝る子は育つというが…②
◆第352回◆寝る子は育つというが…①
◆第351回◆文科省の天下り事件を考える
◆第350回◆子供が学び育つ教育環境(下)
◆第349回◆子供が学び育つ教育環境(上)

2016年

◆第348回◆子供の人生を豊かにするには
◆第347回◆「子供の体力・運動能力を伸ばす」
◆第346回◆「子供の遊びと成長・発達⑥」
◆第345回◆「子供の遊びと成長・発達⑤」
◆第344回◆「子供の遊びと成長・発達④」
◆第343回◆「子供の遊びと成長・発達③」
◆第342回◆「子供の遊びと成長・発達②」
◆第341回◆「子供の遊びと成長・発達①」
◆第340回◆「子供が失った三つの間」
◆第339回◆「自己愛性パーソナリティにならないために」
◆第338回◆「自己愛性パ-ソナリティ障害を生む要因」
◆第337回◆「自己中心性と自己愛性人格障害」
◆第336回◆「民主教育の形骸化
◆第335回◆「ゆとり教育」の亡霊を恐れる文科省
◆第334回◆「ゆとり教育」よみがえる
◆第333回◆義務教育一貫校の是非を問う
◆第332回◆森の幼稚園
◆第331回◆浦安市の教育に注目する

◆第330回◆学校と教師の役割
◆第329回◆学校も重要な教育環境
◆第328回◆人間教育の問題点
◆第327回◆日本人が劣化しているというが
◆第326回◆学力向上より健全な成長を
◆第325回◆大村智氏のノ-ベル賞受賞の教育的意義

2015年

◆第324回◆農家は頭が良くないとできない
◆第323回◆頭の良い悪いと学校の成績
◆第322回◆子供の教育と家庭の責任
◆第321回◆教育に「競争原理」はなじまない

◆第320回◆ゆとり教育の狙い
◆第319回◆改革で教育が蘇るとは言えない
◆第318回◆学校・教員に期待すること
◆第317回◆政治が関与する日本の教育
◆第316回◆今の日本の教育観
◆第315回◆日本教育の混迷と学校
◆第314回◆教育現場の実態は
◆第313回◆教育の不易流行
◆第312回◆教育委員会は残ったが…
◆第311回◆将来を考えた学校選び

◆第310回◆地域と一体の「さくら国際高校」
◆第309回◆小中一貫校の問題
◆第308回◆保育・教育環境の悪化
◆第307回◆学校の本当の役割
◆第306回◆地域の教育力を取り戻す
◆第305回◆重要な家庭での躾
◆第304回◆少子化の懸念(1)
◆第303回◆理想的な育児・教育環境とは
◆第302回◆ISAKの開校

2014年

◆第301回◆登山と教育(3)

◆第300回◆登山と教育(2)
◆第299回◆登山と教育(1)
◆第298回◆いじめ問題と家庭教育
◆第297回◆親子関係のぬくもりの回復が急務
◆第296回◆100年後の子ども達への手紙
◆第295回◆親が子供と向き合い不登校解決を
◆第294回◆命てんでんこ-釜石の奇跡から学ぶ
◆第293回◆学校・園の消滅で地域は衰退する
◆第292回◆信州教育懇談会にみる制度是正への覚悟
◆第291回◆独自教育に見る市川と信州の縁

◆第290回◆情報端末で障害持つ子供の学習支援
◆第289回◆テスト至上主義は子供の不幸
◆第288回◆「学校しか見てない教委」は無用の長物
◆第287回◆豊かな教育環境が人を幸せにする
◆第286回◆教育に欠かせない信頼と感謝
◆第285回◆長い目で育てることが教育の本質
◆第284回◆道徳教育はまず大人が模範に
◆第283回◆大人も学べる「私たちの道徳」
◆第282回◆「大人の生き方」が道徳最良の教科書
◆第281回◆地域の豊かな環境生かす教育

◆第280回◆地域文化の体験は子供の成長に必要
◆第279回◆地域の協力で続けられる授業
◆第278回◆地域文化で人を育てる

2013年

◆第277回◆自然や文化を地域の教育力に
◆第276回◆なぜ、地域教育は首長次第なのか
◆第275回◆いちかわ村は貴重な教育環境
◆第274回◆地域教育の良し悪しは首長次第
◆第273回◆教育改革、危うい方向へ
◆第272回◆「自由・多様性」のある信州教育
◆第271回◆食で育む信州人

◆第270回◆信州教育 市町村の判断で学級編成
◆第269回◆いまも受け継がれる信濃教育
◆第268回◆「学校現場からの改革」が長野教育
◆第267回◆信州人の県民性
◆第266回◆「やる気を育てること」こそ教育革新
◆第265回◆三浦雄一郎さんの成功を教育にどう生かすか
◆第264回◆改革私案「すべての権限の地方移譲を」
◆第263回◆司法権と同様の独立を
◆第262回◆県民歌『信濃の国』
◆第261回◆教育県、長野

◆第260回◆農業は芸術だ
◆第259回◆学校道徳教育への依存
◆第258回◆日本教育の革新を
◆第257回◆政治で体罰やいじめはなくせない
◆第256回◆教育は制度改革より人選が重要
◆第255回◆国依存脱却し地域独自の教育を
◆第254回◆子供時代の自然体験が不可欠

2012年

◆第253回◆“大人の幼児化”は社会の随所に
◆第252回◆祖父母の教育力が子供に不可欠
◆第251回◆父母が手を携えてこそ子供は育つ

◆第250回◆若い時の苦労が将来に役立つ
◆第249回◆失敗と学びの自由が成功への道
◆第248回◆いじめ対応に教員の余裕必要
◆第247回◆人間性豊かに育むことでいじめは減る
◆第246回◆いじめを生む競争と画一規制
◆第245回◆いじめに対する大人の姿勢は変わっていない
◆第244回◆教育現場にもある“大人の幼児化”
◆第243回◆“人間教育中心”へ方針転換を
◆第242回◆他者に依存する国民に未来はない
◆第241回◆“縁”が芽生えさせる子供の自立心と希望

◆第240回◆幼児的行動特性が残る“子供大人”
◆第239回◆子供が憧れ、尊敬できる本物の大人に
◆第238回◆被災した青少年に明るい展望を見る
◆第237回◆身につけさせたい「責任逃れしない度量」
◆第236回◆庇護されて育つと大人になれない
◆第235回◆大人の心構えを教えないことが問題
◆第234回◆「成人式」にも見られる大人の幼児化
◆第233回◆家庭教育の欠落が「人間の幼児化」の原因
◆第232回◆「お蔭様で」の心育む環境を

2011年

◆第231回◆日本人の気質を引き出す教育を

◆第230回◆「キャリア教育」は「人間教育」から
◆第229回◆日本人学生の現実を直視し、思い切った教育革新を
◆第228回◆「友人が作れない」原因は子供期の教育環境
◆第227回◆子供に学ばせたい「絆の大切さ」
◆第226回◆「叱るよりほめる」は最高の教育方法
◆第225回◆子供の成長に必要な「褒める」「期待する」「励ます」
◆第224回◆わが子は愛情を注いだ上で荒波へ
◆第223回◆子供の喧嘩は子供に解決させる
◆第222回◆人との関わりと遊びが子供を育てる
◆第221回◆“一緒に”が人間関係を深め、脳を発達させる

◆第220回◆“外群れ遊び”が人間的に成長させる
◆第219回◆自立した人間に欠かせない主体的経験
◆第218回◆睡眠は身体と脳の成長に重要
◆第217回◆現代日本で尊重されない祖父母の教育力
◆第216回◆子供の自立を妨げる日本の教育観と家庭環境
◆第215回◆人間としての基礎形成あっての知育
◆第214回◆被災地を復興に導く人間性豊かな子供たち
◆第213回◆非行に走る力の矛先が夢に変われば
◆第212回◆包容力のある大人たちに囲まれて更生
◆第211回◆大人たちの見守り続ける“愛”が子供を育てる

◆第210回◆大切に思う気持ちを見せることが教育
◆第209回◆子供のころの教育環境と経験が人生に重要
◆第208回◆若者の成長から感じる地域教育の手応え

2010年

◆第207回◆市外からみる市川教育の「地域重視」
◆第206回◆地域で育った子供は、地域を大事にする
◆第205回◆市川教育の原点、福井で花開く
◆第204回◆教育の最高は3つの「つながり」から
◆第203回◆人間性の欠乏が生む、教員の質の低下
◆第202回◆国主導の教育改革が生む組織適合型教員
◆第201回◆組織適合型教師では心許ない

◆第200回◆子供から離れて行うべきでない教員研修
◆第199回◆教員の採用・養成制度に問題
◆第198回◆責任だけ背負わされる教師
◆第197回◆フィンランドの優れた教師の育て方②
◆第196回◆フィンランドの優れた教師の育て方①
◆第195回◆競争が歪める心豊かで健全な成長
◆第194回◆日本にもあった真の教育
◆第193回◆古い教育観で病む日本社会
◆第192回◆『知性の自由』がない伝統教育
◆第191回◆日本の伝統的教育は個性を阻止

◆第190回◆経験重視するデューイの教育論
◆第189回◆日本的な教育で失敗 見過ごせないイギリスの改革
◆第188回◆『画一的』維持では変われない 改革・革新繰り返すドイツ
◆第187回◆『自分で考える教育』行き渡る 平等と個性両立のフィンランド
◆第186回◆『画一』から『個別』へ オランダに学ぶ教育改革
◆第185回◆教員の工夫や自主性を制限 世界に遅れる日本の教育
◆第184回◆新政権の3つの理念は日本教育の希望となる

2009年

◆第183回◆利他行動こそ人間性 最近目立つ「自利」行動
◆第182回◆優れたリーダーは人の心に生き続ける
◆第181回◆欠かせない人間性の教育

◆第180回◆政治家に必要な人間性の豊かさ
◆第179回◆お話を聞いて心が育つ道徳教育の土台は家庭
◆第178回◆幼児期に甘く反抗期に厳しいしつけ 家庭教育構造のチェンジを
◆第177回◆人の結びつき決める人間性 家庭教育が基礎を作る
◆第176回◆思いやりが失われたのは家庭崩壊が最大の原因
◆第175回◆先人たちの言葉から人間形成を考える②
◆第174回◆先人たちの言葉から人間形成を考える①
◆第173回◆教育でもっとも大切なのは知識や能力より人間性
◆第172回◆「自由な遊び」は人間性を育てる
◆第171回◆社会問題として現れた教育の学校依存の影響

◆第170回◆教育の原点は家庭 学校が担うのは一部
◆第169回◆日本の教育は混迷状態 認識すべき親の責任
◆第168回◆子供と教師が学び合う明るい教育現場の実現を
◆第167回◆首長の交代で蘇る自治体 共通理念「教育は人なり」
◆第166回◆教育重視の地域は子供たちの目が輝く
◆第165回◆人事結果から見えるトップの人格・見識
◆第164回◆人柄は就学前に形成 親や家庭の重い責任
◆第163回◆よきリーダーの前提は思いやる心があること
◆第162回◆子供が希望をもてる教育環境づくりを
◆第161回◆改革ができるトップはリーダーのなかから選ぶ

◆第160回◆日本社会で無視される子供の成長の原理原則
◆第159回◆教育再生会議の報告は戦前・戦中への逆戻り
◆第158回◆小人物ほど権力で増長 「勝ち組」決める愚かさ
◆第157回◆トップの人間性が組織の質を決める
◆第156回◆優れた教育長誕生へ 有識者複数での選出を
◆第155回◆制度疲労と傲慢化で失われる教育の信頼
◆第154回◆減る“本物の教育者” 強まる権力志向
◆第153回◆“国追従”なら機能喪失 教委は根本的取り組みを
◆第152回◆人間形成困難な時代必要な「教育者校長」
◆第151回◆校長は「教育者」管理監督は二の次

◆第150回◆教えるだけでなく育ちを導き助ける
◆第149回◆教師に必要な条件「人間性」と「人格」
◆第148回◆信頼社会の崩壊で変質する教育観
◆第147回◆学校は人間が育つ場求められる機能回復
◆第146回◆国主導の意図が明確改正教育基本法16条
◆第145回◆好奇心が育む創造力重要な豊かな経験
◆第144回◆人間成長に必要な異年齢集団と遊ぶ
◆第143回◆体験・経験が育む豊かな人間性
◆第142回◆深く重い意味をもつ「大人」という言葉
◆第141回◆発達段階を一歩ずつ進める教育環境が重要

◆第140回◆全ては人を信じることから教育に必要な絶対的信頼
◆第139回◆大人の責任逃れを子供は見抜いている
◆第138回◆教育環境崩壊で問われる親の責任
◆第137回◆相手の立場で判断できる理性的な人間形成を
◆第136回◆抑制感強まり意欲なくす管理は教育の自殺行為
◆第135回◆難しい指導力不足認定環境変える方法も必要
◆第134回◆保護者から教育委員選任画期的だが運用に課題
◆第133回◆教員免許更新制必要も方法に多くの問題点
◆第132回◆形がい化する教委制度・国の権限強化は趣旨逆行
◆第131回◆立法の必要性あいまいな教育免許更新制は大計誤る

◆第130回◆地方分権に逆行する問題多い改正法案を危ぐ
◆第129回◆キーワード「競争と選択」
◆第128回◆管理教育システムを改め基本である信頼の回復を
◆第127回◆管理会社で教員は多忙化・息苦しく指示待ちの現実
◆第126回◆専門組織の判断・行動に官僚的システムは不適当
◆第125回◆最重要な教育の場は家庭
◆第124回◆オランダの個別教育
◆第123回◆フィンランドの教育に学ぶ
◆第122回◆43年ぶりの全国学力テスト
◆第121回◆重要施策・教育再生も

◆第120回◆切捨て・排除の教育で格差是認の勝組み社会に
◆第119回◆曇りはないか新学期・教育再生の未来に不安
◆第118回◆教育の自由・自主・個性失う
◆第117回◆数値価できない人間性・教育の成果主義を危なぶ
◆第116回◆あまりにも短絡的な「愛する」より「愛せ」の強制
◆第115回◆基本を学べる環境が子供の能力を伸ばす
◆第114回◆豊かな感性失った大人も初めは子供
◆第113回◆大人はコントロールできない
◆第112回◆人間関係の希薄な現代社会
◆第111回◆教育委員会とは何

◆第110回◆自らマイナスへの道に走る
◆第109回◆急ぎ過ぎの教育環境
◆第108回◆子供が学ぶべき場所は
◆第107回◆問われる父親の在り方
◆第106回◆失われた礼儀・作法
◆第105回◆ようやく改革の一歩
◆第104回◆20年前の指摘が現実
◆第103回◆不適切な言葉に疑問
◆第102回◆東国分中NC10年目
◆第101回◆打開のヒントは欧米にあり

◆第100回◆揺るぎない教育理念
◆第99回◆犬山市の自立した教育
◆第98回◆総合的な学習の実践
◆第97回◆ゆとり教育とは何か
◆第96回◆意識の薄さを懸念
◆第95回◆形骸化した教育委員会制度<4>
◆第94回◆形骸化した教育委員会制度<3>
◆第93回◆形骸化した教育委員会制度<2>
◆第92回◆形骸化した教育委員会制度<1>
◆第91回◆複雑怪奇な教育委員会制度

◆第90回◆脱学歴社会に必要な…
◆第89回◆2006年元旦に託す
◆第88回◆地域にとっては無用な教委
◆第87回◆教育委員会無用論
◆第86回◆C・S~N・Cの成果
◆第85回◆山口重直元教育長の逝去
◆第84回◆さだまさし『MOTTAINAI』
◆第83回◆感動を呼ぶ美しい日本語
◆第82回◆自然の摂理に反する社会
◆第81回◆崩れる生き物のメカニズム

◆第80回◆体と意識のギャップが生む環境問題
◆第79回◆農村の良い教育環境
◆第78回◆夢をもてない子供たち
◆第77回◆労働体験を通じてのコミュニケーション
◆第76回◆都会からの転入増で変容する地域社会
◆第75回◆教育に欠かせない先見性と創造性
◆第74回◆機能不全に陥った学校
◆第73回◆「インディアンの教え」につながる「子は親の鏡」
◆第72回◆責任のなすりあいから脱皮を
◆第71回◆教育の基本は…人間形成の助長

◆第70回◆深刻な問題は関心意欲の低さ
◆第69回◆生きる力の3要素
◆第68回◆学力低下の背景は…
◆第67回◆薄い将来への意識
◆第66回◆あこがれの都会に幻滅
◆第65回◆望まれる人間性豊かなリーダー
◆第64回◆看過できない感性の衰退
◆第63回◆知性が育っていない!
◆第62回◆創造的発想を現実化
◆第61回◆教育環境の充実・キーワードは「任せる」

◆第60回◆小集団から大集団への過程
◆第59回◆連帯・隣人愛が薄れゆく大都会
◆第58回◆感性を喪失させる「快」だけの追求
◆第57回◆登山の教育的価値
◆第56回◆登山マナー・自分本位の大人とさわやかな中学生
◆第55回◆少子化や悲惨な事件等の歯止めになるか
◆第54回◆作物作りと子供の教育は同じ
◆第53回◆豊かな心を阻む「ゆとり」の不足
◆第52回◆機会均等と結果の平等
◆第51回◆極めて特異な日本。心の教育も学校で

◆第50回◆画一教育からチャータースクール実現へ
◆第49回◆特色ある教育に民間のノウハウ
◆第48回◆地域の参画で学校が変わる
◆第47回◆教育制度の転換期
◆第46回◆子供の人間形成に不可欠な父の存在
◆第45回◆人生最初の課題創造者は母
◆第44回◆責任転嫁する親と大人扱いしない地域
◆第43回◆環境つくる大人の責任
◆第42回◆この親にしてこの子あり
◆第41回◆原田泰治に学ぶ親子の関係

◆第40回◆学校の目指すところ
◆第39回◆民間人校長制度は誰のものか
◆第38回◆理念・理論のない大人社会
◆第37回◆知識の量よりも夢・意欲
◆第36回◆豊かな遊び体験の欠落
◆第35回◆行政の力で学力向上は誤まり
◆第34回◆「家の財産は子供」に共感

◆第33回◆教育委員制度を考える<終>
◆第32回◆教育委員制度を考える<5>
◆第31回◆教育委員制度を考える<4>
◆第30回◆教育委員制度を考える<3>
◆第29回◆教育委員制度を考える<2>
◆第28回◆教育委員制度を考える<1>

◆第27回◆何かと問題多い「最終目標は校長」
◆第26回◆地域での体験が社会人間育てる
◆第25回◆誰もが教育者
◆第24回◆深い関係の教育と地域
◆第23回◆少なくなった幼児期の貴重な「時」
◆第22回◆自由な選択阻む学校区
◆第21回◆次代を見通した教育への道

◆第20回◆身近にある発見と感動
◆第19回◆子供を育てる地域の役割
◆第18回◆子供の心を開くきっかけ
◆第17回◆大人の優しい計らいと子供の「ゆめ」
◆第16回◆教育の「適時的確性」という原理
◆第15回◆行政とボランティアの関係…
◆第14回◆ふるさと愛がつくる温かいまち
◆第13回◆学校と地域の提携で豊かな成長を…
◆第12回◆街づくりは人づくりから
◆第11回◆地域社会を変えた20年の取り組み

◆第10回◆子供の遊びは意欲的・主体的活動
◆第9回◆人は自然の生徒
◆第8回◆自然から学ぶ優しさ
◆第7回◆知識・学歴に勝る人間性
◆第6回◆社会の幼児化に危機感
◆第5回◆人間形成に欠かせない出会い
◆第4回◆省略文化の表れ「子育て」
◆第3回◆学ぶ意欲の低位が深刻な問題
◆第2回◆日本教育史に残る教育改革
◆第1回◆はじめに

ホームページ