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200分の1 紙工芸愛好家が2年かけ
下総国分僧寺の伽藍ジオラマ完成
市川博物館友の会50周年展 28日まで


七重塔の設計図と試作段階の塔の一部

歴史博物館2階に展示されている下総国分僧寺のジオラマと寺岡さん(左)、山路さん

 市立市川歴史博物館(堀之内)で、28日まで開会中の市川博物館友の会の「50周年記念展」に、下総国分僧寺の伽藍のジオラマが展示され、注目を集めている。市川市の紙工芸愛好家、寺岡宏さん(68)が、考古博物館の山路直充学芸員のアドバイスも受けて、2年間かけて完成させた大作で、実際に目にすると、その精巧さと美しさは想像以上だ。

 ■設計図から書く

 ジオラマは、200分の1の縮尺模型で、南大門から中門を抜け、講堂、僧坊へ。左には七重塔と鐘楼、右には金堂と灯篭、経蔵が配置されている。

 寺岡さんは、大学を卒業後、ゴルフクラブの設計を手がけてきた。

 今回のジオラマも、復元されている下野国分寺(栃木県下野市)の絵を設計図に落とし込み、色も参考にしてパーツをつくった。

 設計図に基づいてウレタンをカットし、白地の板紙を張った上に、すでに着色された屋根などの紙製の部材をつけていった。

 七重塔の相輪、鐘楼の中の鐘まで細部にこだわり、屋根のR(曲線)を出すには、針金を使った。

 ■退職後に趣味で

 退職後に趣味で、欧州の街並みなどをモデルに紙工芸を手がけ、「いちかわ街かど美術展」にも出品している。

 下総国分僧寺は、聖武天皇の741年の「国分寺建立の詔」によって、建てられた。

 1965(昭和40)、66年に発掘調査が行われ、現在の国分寺とほぼ同じ場所に、法隆寺式伽藍配置で、金堂、塔、講堂が存在していたことが、市川市史でも報告されている。

 その後、1989(平成元)年から93年の発掘調査では、寺の範囲(東西300㍍、南北約350㍍)も判明した。

 67年12月に、下総国分僧寺跡が国の史跡に指定され、2010(平成22)年には、附北下瓦窯跡(つけたりきたしたかわらがまあと)が、追加指定されている。

 ■山路さんが協力

 寺岡さんと、学芸員の山路さんによれば、今回は、市川市史にある下総国分僧寺跡の調査結果を基本にした。

 加えて、門のデザインは同時代の東大寺の転害門、金堂、塔、講堂などの建物や塀は、下野国分寺の復元絵を参考にした。

 下野国分寺は、絵や模型として復元されており、昨年10月の全国国府サミット開催を機に、公開されたコンピュータグラフィックスのAR(拡張現実)、VR(仮想現実)にも、採用されているという。

 26年度からは、下総国分寺跡と附北下瓦窯跡の整備基本計画がスタートし、国分僧寺にあった僧坊や寺務所跡などの詳細も今後、明らかになってくる可能性がある。

 寺岡さんは「記念展に足を運び、ジオラマで、奈良時代の下総国分寺の姿をみてほしい。整備計画で新たにわかってくることがあれば、ジオラマも進化させていきたい」と話している。

 ◆

 友の会「創立50周年記念展―地域文化を学ぶ―」は、ジオラマと、下総国分僧寺、下総国府関連のパネルを展示した「歴史部会」のほか、「考古部会」(会員や市民が制作した土器、土偶、石器)、「民俗部会」(中台制作所の神輿など)、「拓本部会」のブースがある。

 22日には、考古、歴史博物館と、隣接の堀之内貝塚公園で縄文フェスティバルが開かれ、拓本部会の実習もある。

 午前9時から午後4時まで(最終入館午後3時半)で、入場無料。

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